損切りできない心理を行動経済学で解説|投資心理を読み解く #3

はじめに|「まだ戻るはず」と売れない投資心理の正体
株価が下がって含み損を抱えたとき、つい「きっとまた戻るはず」「ここで売るのはもったいない」と考えてしまう──。投資家なら誰もが経験する心理ではないでしょうか。
わたしも、早めに損切りしていれば軽傷で済んだはずなのに「もう少し待てば戻る」と思い込み、結果的に100万円以上の損失に広がった経験があります。
頭では「損切りも大事」と理解していても、実際に売る場面になると手が止まってしまう。特に、長期保有してきた銘柄や思い入れのある会社だと、なおさら売れなくなります。
この「売れない心理」は、初心者だけではなくベテラン投資家でも陥る“人間の標準装備”のような感情です。本記事では、その背景にある 確証バイアス(都合の良い情報ばかり集めるクセ) と 保有効果(持っているだけで価値を高く感じる心理) を中心に、投資家が直面する「売れない病」の正体を解説していきます。
確証バイアスとは|損切りできない投資家が陥る「都合の良い情報集め」
確証バイアスとは、自分が信じたい考えを裏づける情報ばかりを集めてしまう心理現象のことです。逆に、不都合な情報やリスクを示す材料は無意識に避けたり軽視してしまいます。
投資の場面では、特に含み損を抱えているときに強く表れます。
たとえば──
- 下落中の銘柄を持っているときに「この会社は長期的に伸びる」という記事ばかり探す
- 業績悪化や競合優位性の低下を示すニュースは「一時的なことだ」と都合よく解釈する
- SNSでは自分と同じ意見を持つ人の投稿だけをフォローする
こうして「見たい世界」だけを切り取ることで、安心感は得られますが、冷静な判断は失われてしまいます。
結果として、確証バイアスは「損切りが遅れる」「含み損を抱えたまま塩漬けになる」といった典型的な投資失敗につながります。
保有効果とは|株を手放せない投資心理と含み損リスク
保有効果(エンダウメント効果)とは、一度手に入れたものを「手放したくない」と感じ、実際の価値以上に高く評価してしまう心理のことです。投資の世界では、特に株を売れなくなる原因としてよく現れます。
たとえば──
- 買う前は「この株価なら妥当かな」と思っていたのに、
- いざ保有すると「この株はもっと価値があるはず」と感じる。
その結果、含み損が出ても「いつか戻るだろう」と信じ込み、売却判断を先延ばしにしてしまいます。
つまり、株そのものの価値ではなく「自分が持っている株だから」という理由で高く評価してしまうのです。
保有効果は、心理的な安心感を与える一方で、相場環境や企業の状況が変化しても「手放せない」という状態をつくり、結果的に損失拡大や資金拘束のリスクを高めます。
確証バイアスと保有効果の組み合わせが投資判断を狂わせる理由
確証バイアスと保有効果は、それぞれ単独でも投資判断をゆがめる強力な心理ですが、同時に働くと「株を売れない心理の沼」にはまりやすくなります。
具体的には──
- 保有効果 が「自分が持っている株には高い価値があるはず」という思い込みを強める。
- 確証バイアス が、その思い込みを裏づける都合の良い情報ばかりを拾わせる。
結果として、「この銘柄はいずれ戻る」「まだ売る必要はない」という根拠の薄い安心感が積み上がっていきます。
相場が悪化していても、
- 「今売ったら損になる」
- 「そのうち好材料が出るはず」
といった理由を探し続け、売却のタイミングを逃してしまう。
この心理のループは、一見「長期投資の忍耐」に似ていますが、実際には合理的な損切りを妨げ、損失を拡大させるリスクをはらんでいます。
株を売れない典型的な投資心理パターン
確証バイアスと保有効果が重なって働くと、投資家は「売らない理由」を次々と作り出してしまいます。その結果、株を売れない典型的な心理パターンにはまり込みます。
よくある「売れない流れ」
- 含み損が出る → 「これは一時的な下げに過ぎない」と楽観視。
- 情報を探す → 「業績は悪くない」「長期では伸びる」といった、自分に都合の良い情報ばかりを集める。
- 売らない理由が積み上がる → 「損切りはもったいない」「いずれ戻るはず」と心理的な正当化が強まる。
- 状況が悪化しても保有を続ける → 冷静に見れば撤退すべき局面でも、「今売ったら負けだ」と思い込み、判断が止まる。
このパターンの怖さは、「損失を広げるだけでなく、新しい投資機会を逃す」という点にあります。資金が長期間ロックされ、より良い投資先に資本を移せなくなるのです。
損切りできない心理を克服する「売却ルール」
投資で株を売れない心理に対処するには、感情に流されないための売却ルールを事前に決めておくことが有効です。基準があるだけで、含み損を抱えたときに迷わず行動できるようになります。
代表的な売却ルールの例
- 数値で決める:株価が○%下がったら売る、PERが業界平均の○倍を超えたら売る。
- 期間で決める:決算2回分で業績が改善しなければ売る。
- 条件で決める:成長戦略が崩れたら売る、主力事業の売上が○%以上減少したら売る。
ルールを守ることが最大のポイント
どんなに優れた基準を作っても、「もう少し待てば戻るかも」と例外を作ってしまえば意味がありません。大切なのは、感情より基準を優先する習慣を持つことです。
この「自分との約束」があるだけで、株を売れない心理に振り回されにくくなり、損失拡大や投資機会の逸失を防ぐことができます。
👉 売却ルールを持つことは、損切りできない心理を克服し、長期的に安定した投資成果を残すための第一歩です。
株を売れない心理は誰にでもある──感情と投資の上手な付き合い方
「損切りできない」「含み損を抱えたまま売れない」という感情は、投資経験の長さに関係なく、多くの投資家が直面するごく自然な心理です。
それは、人間の本能として「損を確定させたくない」「元に戻ってほしい」と願う気持ちが強く働くからです。
大切なのは、この感情を「なくそう」とすることではありません。むしろ、「出てくるもの」として受け入れながら、冷静に行動できる仕組みを持つことです。
たとえば、あらかじめ決めた売却ルールに従い、「ここまで下がったら売る」と基準を明確にしておく。これが感情に流されず投資判断を下すための“橋渡し”になります。
こうして振り返れば、「売却後に株価が戻った」としても後悔は小さくなります。むしろ「当時の判断は自分のルールに基づいて正しかった」と納得できることが、長期的な投資の成功につながるのです。
👉 次回は「元値信仰という罠──アンカリングの心理」について。なぜ人は“買った値段”に縛られてしまうのか、その正体を見ていきます。
📚 投資家におすすめの行動経済学書籍
投資心理を学ぶなら、まずはこの一冊。行動経済学の名著 『予想どおりに不合理』 は、「無料」に弱い心理や「損失回避バイアス」など、投資に直結する実例が満載。
「自分もこれで失敗してるかも…」と共感しながら読めるので、投資の実践にすぐ役立ちます。
あわせて読みたい関連記事
投資用語や実践的な考え方をまとめた記事も、ぜひあわせてご覧ください。
➡ [【完全版】株式投資用語一覧|PER・PBR・ROE・DOEなど初心者必須の基本指標まとめ【2025年最新版】]
➡ [株価が上がると買いたくなる理由を行動経済学で解説|投資心理を読み解く #1]
➡ [FOMOで焦って買ってしまう心理を行動経済学で解説|投資心理を読み解く #2]
➡ [失敗しにくい長期投資と割安株の選び方|はじめてのバリュー投資 #1]
➡ [“安全域”とは?失敗しにくい買い方の土台|はじめてのバリュー投資 #2]
➡ [PER×PBRで割安度を測る「ミックス係数」|はじめてのバリュー投資 #3]
➡ [配当戦略の基本と高配当株の見極め方|はじめてのバリュー投資 #4]
➡ [負けにくい投資をつくる「分散」の力|はじめてのバリュー投資 #5]
➡ [配当戦略の基本「利回り・配当性向・DOE」|はじめてのバリュー投資 #6]
➡ [高配当株の落とし穴と減配リスクの見極め方|はじめてのバリュー投資 #7]